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Posts tagged with "承認欲求"

  • というところで、{お金の,承認/評価の}{資本主義,社会主義,家内制手工業}という前述の話になる。人は私的財産権への誘惑から逃れられな かったし、それゆえに資本主義は猛威を振るった。同じことが承認/評価の経済においても起こるんじゃないか、と私は思う。言い換えれば、インターネットは 情報の共有を可能にしたけれど、「プライオリティ」や「先行者の称号」については厳密な私的所有を帰結しているように思う。
  • ファミコンの裏技を考えてみればいい。インターネット以前にはおそらく日本中の小学校で「この裏技は最初に俺が発見したんだぜ!」と言え る人がいた。ところがインターネットの普及以降は、光のスピードで情報が共有され「最初に発見した人」の称号が得られるのは一人に限られるようになった。 本当に「最初に発見した人」が誰であるかは別として、その情報をFREE化してバラ撒いた人間が、「最初に発見した人」の称号を独占することができるし、 その独占は未来永劫崩れることはない。それが「(最初の一点を除いて)ズルの許されない」FREEで透明な社会だ。
  • オープン化・フリー化はこの流れをむしろ加速させる。クローズドなものは(法的に厳密にはこれは誤りだが)プライオリティの証拠となら ず、オープンにしてバラ撒いた者が、先行者の称号を独り占めできるようになると思う。
  • そして、評価/承認の経済において、「先行者の称号」こそ、誰もが欲しくて仕方のないものであるに違いないのである。かくして承認の供給 不足は進行する。モノが満たされ、情報がフリーになっても、「先行者の称号」という評価は決してフリーにはならないのだ。必ず情報には「byだれそれ」と いうタグが付いて回るし、そのタグはみんなものにはならない。
  • そして、「ポスト物質社会」において人々が求めているのは、情報ですらなく、むしろ称号や承認なのではないか、と思うのである。
  • - 2010-05-17 - 日記&ノート(転叫院) (via atm09td, ginzuna)

    Feb 1

    これを読んで私が受ける印象は、「上手な人を見てガーンとなったけどそれでも描くのがやめられない」人でもなければ「描くのが楽しくて描くなと言われても描き続ける」人でもない。
    こう言っちゃなんだけど、「絵をきっかけにして誰かに認めてもらいたい」だけで、そのときの「絵」は、「文章」でも「キーボード」でも任意に交換可能なものでしかないんだと思う、この人の中では。
     
    でまあ、「絵」なり「キーボード」なりがお手軽承認欲求のツールでしかないこと自体が、悪いとは思いませんよ?
    絵にしろ音楽にしろ、プロとは別の次元で楽しんではいけないってことは全然ない。
    これ、よくスポーツマンガである「楽しむことが目的のチームがあっちゃいけないか」問題だよね。
     
    で も、自分でも書いてる通り、中途半端な承認欲求を満たしたいときに、「インターネット」なるもの全体を相手にして”今のインターネットも上級者しかいない ゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。”と言ってしまうのはやっぱり「上のステージをフォーカスして」物を言っているように思う。
    「中途半端な努力」で得られる承認の数は、傍に上級者がいようがいまいがさほど変わらない。多分。
    どちらかというと、「中途半端な努力でも承認してもらえる」仲間の見つけ方、この人に必要なのはそちらの方かも知れない。

    - “違うんだよ。おれが… - id:angmar - angmar - はてなハイク (via neeeeeew)